三国志オタクの三国志の話題でも。
三国志オタクの三国志の話題でも。
三国志というものはとても奥が深く面白い。
人生で履修しない理由はないと言ってもいい程面白い。
取り分け漢字文化圏である人達は、
この作品を読む事にかなり意味がある。
いや、漢字文化圏でない奴なら、
中国語なり日本語なりを勉強してから学べと言いたい程にこの作品は最高だ。
店主はもう四半世紀以上勉強し続けている。
それだけやっても飽きない。
店主の人生とは、
・歴史の勉強
・MTG
・美食(お酒、たまに食べるゲテ食も含む)
・麻雀(最近ご無沙汰だが)
・上記4つを介した人との交流
これらによって形成されていると言って過言ではない。
もしこれ以上必要ないという程の富を得て、
追加200年程の寿命も得られたのなら、
自分は上記5つのために仕事をやめるだろう。
その中の重要な要素は歴史だ。
たぶんずっと勉強していても飽きない。
ちなみに堅物で日本史には強い父は一切三国志を知らなかった。
そして漫画を「俗物の物体であり、ろくなものではない」と言っていた父に、
店主は横山光輝三国志を読ませ、
「漫画も存外悪くないな」
と言わしめたうえに三国志の沼に引きずり込む事に成功している。
その後、父は、
横山光輝:史記
横山光輝:項羽と劉邦
横山光輝:殷周伝説
まで読んだ。
うひひ。
親父殿め、漫画だって勉強出来るんだぞ。
思い知ったか。
貴方の馬鹿息子は意外と勉強してんだぞ。
人生でクソの役にも立たない事ばっかり勉強してるけどな。
今回はそんな三国志好きが、
三国志を知らない人のためにも色々くだらない知識を書いていこう。
三国志というのは西暦で言うと
184年~280年までの約100年くらいの時代のお話。
ポータル三国志を知っていれば、
魏呉蜀の3つの国に分かれる事は容易に想像できよう。
ざっくり言うと、
魏:220年に建国。
呉:229年に建国。
蜀:221年に建国。
それぞれ、
魏皇帝:曹丕
呉皇帝:孫権
蜀皇帝:劉備
が最初の皇帝。
気付いただろうか。
魏は曹操ではないのだ。
ポータル三国志では
《魏公 曹操/Cao Cao, Lord of Wei》
《呉主 孫権/Sun Quan, Lord of Wu》
《蜀主 劉備/Liu Bei, Lord of Shu》
となっていて、
英語では全員が「ロード・オブ・国名」なのだが、
日本語版は曹操だけ「公」で、残り二人は「主」が当てられている。
そして、本来の初代魏皇帝の曹丕はカード化されていない。
本来の歴史に照らした場合、
魏公、曹操
魏の皇帝、曹丕
呉の皇帝、孫権
蜀の皇帝、劉備
とデザインするのが正しい。
3人は「皇帝/Emperor」であり、曹操は「王/Lord」である。
個人的には、
「皇帝の座を禅譲せし者、劉協」
(劉協は一般的には献帝の名で知られている)
も作ってもらって、
クリーチャータイプ「人間/Human、皇帝/Emperor」にしてほしい。
あとついでに袁術も作って欲しい。
カード名「偽帝・袁術」
で、しっかりクリーチャータイプは「人間/Humen・ならず者/Rogue」で。
ついでに寿命も見てみよう。
曹丕:226年に崩御、40歳
孫権:252年に崩御、71歳
劉備:223年に崩御、63歳
曹操:220年に死亡、66歳
劉協:234年に死亡、54歳
曹操は220年なので一番最初に亡くなり、
その年に後継の曹丕が後漢から禅譲・・・と言いながら、
ほとんど簒奪に近い形で魏国皇帝を名乗る。
(ここで後漢は滅びる)
それに対抗して221年に劉備が後漢の後継は自分だとして、
蜀漢皇帝を名乗る。
だが、その2年後の223年には劉備はあっさり棺桶の中へ。
なんとも短い即位期間だ。
ところが追いかけるように226年に曹丕もプットイントゥグレイブヤード。
5~6年の間に英傑がばたばたと死んだところで、
突然229年に孫権が呉国皇帝を名乗る。
よく観察してみるとこんな状態なのだ。
つまり、
曹丕皇帝、劉備皇帝、孫権皇帝の三人が睨み合った事はない。
同時代を生きてはいたが、
それぞれが皇帝を名乗ったタイミングがズレていて、
同時に皇帝だったのは曹丕と劉備だけで、
それも劉備が即位からたった2年で崩御してしまうのでとても短い期間だ。
そして、
263年:蜀が魏に滅ぼされる。
265年:魏が国内で司馬炎にクーデターを起こされ国名が西晋になる。
280年:呉が西晋に滅ぼされる。
となって三国志の時代が終わる。
9年遅れで独立した呉は三国志時代では他の2国よりも15年長く続いた事になる。
結構意外なのは、
三国志後半の主人公とも言われる、諸葛亮。
彼がいないと蜀が滅ぶイメージすらある。
そんな諸葛亮は234年に亡くなっている。
それとただの偶然なのだが、
劉協(献帝)と諸葛亮は生まれと死亡が一緒。
二人とも181年生まれで、234年死亡。
別にクラスメイトとか同級生というわけでもない。
たまたま同じ年に生まれ、同じ年に亡くなったというだけ。
蜀が滅ぶのが263年なので、
諸葛亮の死後29年も蜀は生き残っている。
残された家臣達が結構頑張ったという事だ。
蜀という土地が僻地過ぎて、
大して侵略価値がないと思われていた可能性もあるし、
暗愚と言われた劉備の息子、龍禅が思いの外頑張ったのかもしれない。
あと、諸葛亮と書くとわからない人も多い・・・というか、
三国志を読んでいる人なら常識なだけだが、
《伏竜 孔明/Kongming, “Sleeping Dragon”》
が諸葛亮である。
諸葛亮、字が孔明。
これはポータル三国志のカードの中で唯一、諸葛亮のみが字になっている。
理由は不明。
諸葛亮の兄は
《呉の策士 諸葛瑾/Zhuge Jin, Wu Strategist》
なのに。
ここも三国志を読んでいる人ならただの常識で、
この兄弟は、
兄は呉に仕え、
弟は蜀に仕えた。
なんなら諸葛亮の弟の諸葛均(しょかつきん)も蜀に仕えた。
ただし、諸葛亮、諸葛瑾という有名な人の弟なのに、
史書にほとんど記述がなく、しかも生没年不詳だ。
上二人の兄ほどの才は無かったか、
それとも早逝してしまったか、一切は謎だ。
諸葛瑾については、
呉の人の中には、
「おいおい、諸葛瑾の弟の諸葛亮は、
蜀で軍師だってよ。
諸葛瑾は裏切るんじゃねえのか?」
と孫権に告げ口をする人もいたが、
孫権は
「瑾が私を裏切らないのは、
私が瑾を裏切らないのと同じである」
と孫権に言わせる程に諸葛瑾は信用されていた。
「孫権の言いたい事はわかるんだけども、
孫権が裏切らないと言っても諸葛瑾が裏切る可能性あるよね?」
とツッコむのは無粋なのでやめておこう。
孫権の言いたい事としては、
「世の中はギブアンドテイクだ。
俺が裏切らねえなら諸葛瑾も裏切らねえ。
諸葛瑾が裏切らねえなら俺も裏切らねえ。
それがスジってもんだ。」
という侠気溢れるものであり、
それだけ諸葛瑾を信じているというものでもあった。
そして実際に諸葛瑾はそれに応えた。
良い上司、良い部下の関係である。
ギブアンドテイクすら理解出来ない、
現代の馬鹿者共に聞かせてやりたい話である。
あと、諸葛亮、諸葛瑾には異母兄弟説もある。
・・・ここまで書いてそういや書き忘れていた。
字だ。
これ「じ」と読むのではない。
「あざな」と読む。
中国では、
苗字-名前-字
というものがあり、
劉備の場合は字が玄徳。
正確な書き方では、
苗字:劉
名前:備
字:玄徳
となる。
劉備を「劉備」や「備」と呼べるのは親しい間柄の人のみで、
普通の人は「劉玄徳」または「玄徳」と呼ぶ。
そうでない場合は「劉+役職」「役職のみ」の呼び方が一般的。
劉備の場合は時期にもよるが、
「劉皇叔」(りゅうこうしゅくと読む。意味は皇帝の叔父)
という呼称も三国志演義で使われている。
(正史には存在しない)
日本人には多いのだが、
知ったかぶって
「劉備玄徳」「曹操孟徳」と呼称する馬鹿がいる。
ニワカの自称三国志オタなので相手にしないほうがよい。
「私は馬鹿です」
と吹聴しているのと同義である。
こういう奴には
「じゃあ、荀攸、公孫瓚、郝昭、鄧艾・・・の字も全部言いながら喋れ」
といじめてあげると良い。
そういえば何かのアニメでも姓+名+字だった気がするな。
あれも作った人間が馬鹿なのだろう。
我々は歴史の勉強として各英傑達を知る事になるだけなので、
一般的には苗字+名前で覚えていく事が多く、
苗字+名前+字をすべて覚える人はあまりない。
そして字が不明だったり名前が不明だったりする人もいる。
ちなみに三国志オタクでも
苗字+名前+字はそんなに覚えている人がいない。
苗字+名前のみで覚える。
で、
たまに例外みたいな人がいて、その筆頭が諸葛亮。
彼は諸葛亮より字の孔明が有名になってしまっている。
彼の場合は、
苗字:諸葛
名:亮
字:孔明
なので、
一般的には諸葛孔明、孔明と呼ばれる。
ここでは他の英傑に倣って諸葛亮という表記にしている。
ついでだ、全員覚えていくがよい。
赤5枚
《暴君 董卓/Dong Zhou, the Tyrant》:仲穎
《武芸の達人 呂布/Lu Bu, Master-at-Arms》:奉先
《西涼の戦士 馬超/Ma Chao, Western Warrior》:孟起
《優柔不断なる君主 袁紹/Yuan Shao, the Indecisive》:本初
《籠絡の美女 貂蝉/Diaochan, Artful Beauty》:実在の人物ではない&字の設定がない
黒7枚
《魏公 曹操/Cao Cao, Lord of Wei》:孟徳
《魏の大将 曹仁/Cao Ren, Wei Commander》:子孝
《魏の大将軍 司馬懿/Sima Yi, Wei Field Marshal》:仲達
《隻眼の将軍 夏侯惇/Xiahou Dun, the One-Eyed》:元譲
《魏の参謀 荀イク/Xun Yu, Wei Advisor》:文若
《魏の将軍 張コウ/Zhang He, Wei General》:儁乂(しゅんがい)
《合肥の勇将 張遼/Zhang Liao, Hero of Hefei》:文遠
白7枚
《列聖の武将 関羽/Guan Yu, Sainted Warrior》:雲長
《猛将 張飛/Zhang Fei, Fierce Warrior》:益徳(演義では翼徳)
《虎威将軍 趙雲/Zhao Zilong, Tiger General》:子龍
《蜀主 劉備/Liu Bei, Lord of Shu》:玄徳
《伏竜 孔明/Kongming, “Sleeping Dragon”》:孔明
《蜀の将軍 黄忠/Huang Zhong, Shu General》:漢升(かんしょう)
《鳳雛 ホウ統/Pang Tong, “Young Phoenix”》:士元
青8枚
《孫夫人/Lady Sun》:実名不明。京劇では孫尚香、演義では孫仁という名があるだけ。
《呉の策士 諸葛瑾/Zhuge Jin, Wu Strategist》:子瑜(しゆ)
《呉の将軍 呂蒙/Lu Meng, Wu General》:子明
《呉の参謀 魯粛/Lu Su, Wu Advisor》:子敬
《呉の大都督 周瑜/Zhou Yu, Chief Commander》:公瑾
《呉主 孫権/Sun Quan, Lord of Wu》:仲謀
《小覇王 孫策/Sun Ce, Young Conquerer》:伯符
《知謀の将軍 陸遜/Lu Xun, Scholar General》:伯言
緑4枚
《名医 華佗/Hua Tuo, Honored Physician》:元化
《嘲笑する仙人 左慈/Zuo Ci, the Mocking Sage》:元放(げんぽう)
《烈女 祝融夫人/Lady Zhurong, Warrior Queen》:実在の人物ではない&字の設定がない
《南蛮王 孟獲/Meng Huo, Barbarian King》:実在したかが完全にはわかっておらず、字も不明。
合計31枚。
・・・覚えられないな、たぶん。
人生で覚えておいてもあんまり使わないしな、これ。
人生で使いそうなのは
曹操/孟徳
諸葛亮/孔明
司馬懿/仲達
劉備/玄徳
くらいしかない。
一般的な話題の中で字が出てくるのは、
「死せる孔明、生ける仲達を走らす」
くらいかな。
「泣いて馬謖を斬る」
「呉下の阿蒙に非ず」
は字出てこないし。
(馬謖の字は幼常、阿蒙は呂蒙の子供の頃という意味)
そうそう、
この記事書いている時にふと気になって、
泣いて馬謖を斬るを英訳してみた。
「Cry and cut the horse」
なんか違う。
というかこれ「泣いて馬を斬る」じゃない?
覆水盆に返らずって英訳すると、
「こぼれたミルクを嘆いても無駄だ」
とかいう文のはずで、
そういう英文になるかな?と思ったんだけどな。
馬謖=Horseは予想外。
それにしても、なんでこんな半端なんだろうか。
英傑の数足りなすぎでしょ。
WotCさん、もっかい三国志のセット作ろうぜ。
300人以上伝説の英雄たち作ろうぜ。
なんなら俺チョイスで300人くらい簡単に選んであげるから!
「何晏」とかどう?
絶対普通の三国志読んでるだけじゃ知る事もねえ奴だぜ!
肉屋の孫だ!
サッパリわからねえだろ。
でも本当だ!
ついでに名前も読めないだろ。
これで「かあん」って読むんだ。
プレインズウォーカーの灯に目覚める銀のゴーレムみたいだろ?
三国時代でなかなかのマジキチだぜ。
・肉屋の何進(かしん)の孫
・何進の孫だとわかっているのにパパの名前は不明
・さらに何晏の子の名前も不明
・ナルシスト
・「俺は神だ!」とのたまう
・何故か養父は曹操
・ついでに曹操の娘を娶る
・曹叡皇帝(読みはそうえい、曹操の孫、曹丕の息子)配下の曹爽(そうそう)のカバン持ちで当時でも「犬」と例えられている。
・司馬懿に嫌われて曹爽ともども処刑される。
・五石散という名前の麻薬を作って使っていたとされている
最後の項目が相当危ない。
麻薬自体は紀元前3000年くらいからあったとされているが、
明確にこの人は麻薬を使っていたという記録としては、
歴史上初なのかもしれない。
五石散は
石鍾乳、石硫黄、白石英、紫石英、赤石脂
という5種の石を混ぜたもので、
虚弱体質の改善、健康や精神の高揚が主な効能だそうだが、
当時は「不老不死」の効能があると信じられていたと伝えられている。
副作用は皮膚が敏感になり、発熱が起きる。
そして中毒死する恐れもある。
副作用:死
の時点でダメだろって思うが。
なお、この五石散の服用後に全身が熱くなる「散発」という現象があり、
この散発が起きないで五石散が体内にこもると中毒死する可能性から、
「散発を維持するために絶えず歩き回らなければならない」
という状態になることも。
「散発の維持のために歩く」
略して「散歩」である。
日常的に使っている散歩とはこれが語源である。
もはや誰が知っているんだ?レベルの知識。
話を戻すと、この何晏、
うん、どう考えてもカード化出来そうにない危ないやつだ。
全然ストーリーに出てこないが、
おそらく三国志一のアッパー系。
「俺は神」発言は、
当時の五斗米道の張魯や黄巾賊の張角でも言っていないはず。
俺は神とか言っているわりに、
曹叡の部下の曹爽の犬という。
ただのドサンピンのような気がするんだが。
そして仮に三国志Ⅱが出るとしても、
こいつをチョイス出来る知識がある人いるわけねえ。
まぁさすがにこんなの採用しなくていいからさ、
関羽の青龍偃月刀
張飛の蛇矛
呂布の方天戟(または方天画戟)
七星剣(七星宝刀)
倚天の剣
青釘の剣
などの有名武器、
白羽扇や孟徳新書や遁甲天書(とんこうてんしょ)あたりを、
装備品やアーティファクトで出してくれればいい。
あと諸葛亮の発明品の数々もね。
あれ、どこまでが本当かも不明なものの、
諸葛亮の奥さんが手助け、発明したものも多いとか。
あ、そうだ諸葛亮の奥さんもカード化しようぜ。
もちろんブサイクでな。
(諸葛亮の奥さんはブサイクだったというのが定説)
いいか?仮に日本人画家が担当する事になっても、
黄月英(孔明の奥さんの創作上の名)だけはブサイクに描けよ!
いやもう何なら、
歴史にも詳しくて自分の意志を貫ける平野耕太先生にお願いしようぜ!
あの人なら黄月英をブサイクに描いてくれるに違いない。
ヘルシングの少佐みたいな絵だと最高だぜ、黄月英。
それと土地だよ、土地。
長安、赤壁、黄河、長江、洛陽とか色々作ろうぜ。
なんなら台湾島もだ。
三国志オタクでもまず知らないだろうけどさ、
台湾ってこの時代に歴史上最初に登場するんだぜ。
三国志ってのは歴史書として、
おおまかに魏志、蜀志、呉志の3つからなるわけよ。
(または魏書、蜀書、呉書)
んで、そん中の呉志に台湾は出てくるという話。
ついでに気付いた?
学生時に習う歴史の単語、
「魏志倭人伝」
って本のタイトルじゃないんだぞ。
魏志の史書の中の倭人伝という項目に過ぎない。
みんな頭の中でひらがなで
「ぎしわじんでん」
くらいの感覚で覚えているだろう。
何にしても西暦にして238年に、
邪馬台国の女王・卑弥呼が
魏の皇帝・曹叡から、
親魏倭王(しんぎわおう)という称号をもらっている。
簡単に言うと
「魏がお前を倭王として認めやるぞ
つまり俺(魏)が上、お前(日本)が下だからな」
という意味だ。
ところが、
日本の歴史はここから五世紀初頭までほとんど記録がなく、
日本史において「空白の150年」と呼ばれている。
五世紀くらいになると突然にして古墳などの遺跡が見つかっており、
この卑弥呼の時代から途切れたわけではない歴史があるのだろうが、
それでも謎に包まれたままとなっている。
五世紀には邪馬台国からいつの間にか大和朝廷(大和国)の流れになっている。
ヤマタイコクとヤマトコク、
音としては似たものなので、
日本人としての歴史は紡がれて大和朝廷の時代になり、
そして現在に至るまでの歴史にはなったのだろう。
また、前述の劉協(献帝)の子孫が日本に渡ったという話もある。、
この時代で中国から日本に渡る事が出来る船くらいは作れたという事だ。
(もちろん日本から中国に渡る事も)
もっと言えば、
日本も中国も漢字文化の国だ。
この頃で交流があったという事は、
それ以前からもなんらかの交流があった事がうかがえる。
(始皇帝時代の徐福伝説などがそれに当たる)
どちらにしても紀元前200年~紀元後200年の間に、
日本と中国にはそれなりの交流があったのだろう。
交流が無かったらわざわざ日本側から
「親魏倭王」なんて称号をもらいにも行かないだろう。
とはいえ、
西晋が三国を統一した後、わずか31年で西晋の時代は終わり、
そこからは中国全土が複数の国に分かれる。
ここから隋が統一するのが581年。
日本に仏教伝来が538年か552年と言われている。
日本の推古天皇と聖徳太子が遣隋使を派遣するのが607年。
この感じからすると、
空白の時間と言われようとも、
中国との交流があったのではないか?と思われる。
この空白時間、完全に交流ゼロで、
いきなり中国から仏教を日本へ輸入なんて考えにくいからね。
お互いに行き来するにも必要なものが沢山ある。
・行く理由
・地図
・長期航行に耐える造船技術
・食料
・人
・許可
どちらが最初だったかはわからないが、
交換し合う技術や理由はあったのだと推測する。
ただ、面白い話だと思う。
徐福の時代(始皇帝時代)に徐福が日本渡ったにしても、
「そこに陸がある」
と知っていて旅立ったのだろうか?
それとも、
日本側から中国側に一度でも旅をした誰かがいたのだろうか?
こればかりはわからない。
が、どちらかの国に挑戦者がいたのだろう。
こういう話を1つ1つ自身の勉強と想像で解き明かしていくからこそ、
歴史の勉強はやめられないのだ。
余談に余談を重ねているが、
三国志Ⅱを作ろうとしたら、
「台湾も登場しようと思えば出来るぜ!」
「日本も無理やり卑弥呼くらいは参加可能だぜ!」
ということだ。
ここまで長々読んでみてわかるだろう。
普通の人が知らない三国志を書いている。
横山光輝三国志を読んだだけではここまでは書けない。
ある程度自力で学ぶ奴が到達する領域である。
とはいえ上には上がいるものだ。
その筆頭として、
三国志なら日本にはコーエーという優秀な会社もある。
三国志任せたら店主なんぞでは歯が立たない御方があそこにはいる。
勝手に日本一の三国志オタク・・・いや、
それは失礼すぎるか。
もうこの人は歴史系ゲームのプロデューサーじゃなくて学者と言ってもいい。
リアルな肩書では慶應義塾大学卒業の秀才で現コーエーの社長である、
シブサワ・コウさん。
店主が中学生の頃から三国志に関する本を書いたりもしているし、
三国志シリーズや信長の野望シリーズと言えばこの人だ。
店主が尊敬している人の一人。
日本の三国志オタは
・横山光輝三国志が師匠
・シブサワ・コウプロデュースのゲームが師匠
のどっちか、または両方である事が多い。
店主はもちろん両方だ。
小説から入れる人はなかなかいないだろうから、
北方謙三、吉川英治、陳舜臣、宮城谷昌光などの作家が師匠という人は少数派だろう。
ゲームから入るか、漫画から入るか、
おおむねはこの2つになりがちだ。
この人の監修のもと三国志Ⅱ作らないかなぁ。
シブサワ・コウ監修三国志セット、一緒に作れたら最高だろうなぁ。
WotCさん、三国志は一定量のファンはアジア人にいるので、
どうかもう一回、もう一回三国志を。
Cardshop Serraが必死に売るから。
ではまた。








