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EDHにおけるブラケットやゲームチェンジャーについて。

記事作成日:2025/08/14 執筆:加藤英宝

さ、弱者とアンチから文句を言われる覚悟で言うぞうー。

ブラケット?
ゲームチェンジャー?

馬鹿じゃねーの。

くだらない。
WotCがレベル帯の話を提唱した時からずっと。
世界中でどれだけこれが争いの種になった事か。
ただでさえもともとガチカジュ論争という話題があった。
またしてもWotCが燃料を投下したようなものだ。

WotCもくだらない論争をしている人も知るべきだ。

TCGとは

皆がやっているこのTCGとは何か。
MTGじゃなくてTCG。
TCGって何?という話。

ついでだ、
他のゲームとも比較して、わかりやすく書いてみよう。

ボードゲーム:限られたリソースと平等性の中で条件を達成して勝利せよ。

電源系ゲーム:時間と一定量の腕前と慣れで条件を達成してクリアせよ。

スマホゲーム:金と時間を死ぬほど突っ込んで他人にマウントをとれ。クリアはない。

TCG:与えられた自身だけのカードで最大限の強さを発揮しろ。クリアはない。

こうでしょ。

ボードゲームというのはカードプールのようなものは基本的になく、
全プレイヤーに基本的に同じリソースが与えられてゲームを行う。
トランプ、UNO、麻雀、チェス、将棋、囲碁もここに該当する。
そのため、チェス等のように運要素ゼロのものもあれば、
麻雀や各種ボードゲームと呼ばれるような運要素のあるものもある。

家族で楽しむレベルのものもあれば、
競技性のあるものもある。

電源系ゲームも多少運はある。
(例えば倒したモンスターからのドロップアイテム等)
とはいえ時間と一定量の腕前と慣れと知識がそれをカバーするのが電源ゲームの基本。
追加課金によるガチャ要素でも無い限りはこの条件で収まる。

スマホゲームは「プレイ時間とお金で暴力をする」ゲーム。
無課金マウントをする奴は資本主義を理解していない馬鹿。
スマホゲーは「資本と時間のある奴が勝利するゲーム」であり、
無課金者は最初から敗北以前に勝負のテーブルにすらついていない。
とはいえ、
これでお金を突っ込む事が正義なわけではない。
楽しみたいなら惜しみなくお金と時間を費やさないといけないのがスマホゲーというだけ。
課金したほうが楽しくなるように作られているのだから当然。
そしてサービスが続く限り、お金と時間を吸われてしまううえに、
基本的にサービスが続く以上はクリアという概念がない。

TCGはスマホゲーに近い。
サービスが続く限り、時間とお金が無限に吸われるという点において。
ただし、スマホゲーと違って「実力」で負けないゲームが可能である。
全てのスマホゲーをチェックしたわけではないので、
自分も言い切るのもどうかと思うが、
だいたいのスマホゲーというのはお金と時間で問答無用に近い暴力を手に出来る。
しかし、
TCGは案外とそうはいかない。
プレイの実力を試されるものが数多く存在している。
だからこそ面白いとも言えるのがTCGだ。

あとスマホゲーとの大きな違いで、
サービスが終わっても目の前に紙が残るのでずっと遊べる。
それとその残る紙のおかげでゲームによっては資産価値が高いという強みがある。
そういえばスマホゲーと違って、
「無課金マウントしてくる馬鹿」
だけはいないよね、TCG。

あ、誤解無いように一応書いておくけどね。
個人的にはどのゲームも否定的ではないのだよ。
それぞれにいいところがあり、
それぞれに欠点もある。

誰もが楽しめる完璧なゲームなんて無いんだから。
あくまでそれぞれのゲームとはこういうものだよ、という説明。

という前提のもとで、

何故ブラケットやゲームチェンジャーなどという、馬鹿げた事を言い出さねばならないのか。
ブラケットやレベル帯、ゲームチェンジャーが何故馬鹿げているかを説明したい。

話としてはTCG全般なんだけれども、
とりあえずMTGに話を戻そう。

MTGにおけるレギュレーションについて

MTGにはレギュレーションがある。
マイナーなものからそうでないものまで様々だ。
ある程度一般的で公式なものでいえば、

ヴィンテージ
レガシー
モダン
パイオニア
スタンダード
パウパー
シールド
ドラフト

このあたりだろう。
で、EDHもセミオフィシャルのような立ち位置で存在しているわけだ。

他にも

オールドスクール
ミドルスクール
α40
ブロック構築

など愛されている遊び方はまだまだたくさんある。

レギュレーションとは
「与えられた環境のカードで最大限の強さを発揮しろ」
というものだ。

陸上競技で言えば、

100メートル走
200メートル走
400メートル走
1500メートル走
フルマラソン

というような違いであり、
どっちにしても
「もてる自分の力で最大限の成績を出せ」
という話だ。

基本的にはMTGどころか、どんなもんでもだいたいそんなもんである。
言ってみれば人生というのものがその最たるものだしね。
MTGはその中で
「発売年や制限や禁止により、
 使用可能カードに制限を設けた。
 あとは全力でそれぞれのレギュレーションを各々でやれ」

と言っているわけだ。

ゲームチェンジャー・レベル帯・ブラケットについて

で、
そこに曖昧なゲームチェンジャー、レベル帯、ブラケットなどというワードを出して、
論争の元を用意してくれたわけだ。
ありがた迷惑もいいところである。

論争の元というだけでなく、
そもそもが
「与えられた自身だけのカードで最大限の強さを発揮しろ」
基本だというのに、

「ぼく、ゲームチェンジャー何枚入ってます」
「ブラケット2でデッキ組んでます」

何故他人にわけのわからん忖度を始めないとならないのか。
自身の持っている最高の強さをぶつけるのが基本なのだぞ。
「勝負をしに行っているのか、それとも忖度に行きたいのか?」
と聞かれて忖度を選んでいるなら、
何故MTGをやっているのか意味不明だ。

かといってだ、
ブラケットの1~5というランク帯がもっと明確になっているとしても、
わざわざEDHというレギュレーションを5つに分けてどうするのか。
ユーザーとコミュニティをこれ以上バラバラにする気か。

WotCというべきなのか、
EDHのルール委員会というべきなのかわからないが、
本質を全然捉えていない。

EDHはそもそもが競技ではない。
が、
TCGである以上、
勝敗はハッキリさせるべきゲームである事は変わらない。
その中でレベル帯のような馬鹿げた事を辞めさせる方向に舵切りをすべきであって、
より混乱を生じさせる行為は辞めるべきだ。

EDHの本質としては、
エルダー・ドラゴン・ハイランダーの言葉が元となっているだけあって、
もともとは
どうやっても活躍しねえエルダー・ドラゴン(最初のレジェンドの5種)を、
 どうにか使って、ハイランダーで遊ぼうぜ

だったわけだ。

そこからの発展して、
それぞれの好きな伝説の生物でデッキ組もうぜ
になったのだ。
もちろん強さを求めてOKだし、
使えるカードプールをフルに活用する事は是とされる。
レベル帯だとかブラケットなんて言い出しているほうが頭がおかしい。

ただ、どのレギュレーションにも禁止カードや制限カードが制定される事がある以上、
EDHの世界にもそれは必要だ。
その制定の仕方のほうを運営が見定めていないのは非常に残念でならない。

禁止カードや制限カードについて

まず、禁止や制限という話であるのなら、
勝利条件カード全てを禁止
で良いと思う。


「お前は過去に『《合同勝利》を解除してやれ』と言った趣旨と違うだろ!」
と言われる人もいるだろうけれども、
あくまであれは
「《タッサの神託者》を筆頭に《合同勝利》よりもゆるい条件の勝利条件カードがある」
という意味で言っているのであり、
個人的には勝利条件カードそのものはEDHの趣旨とはズレているものだと感じている。

3人がバトルロワイヤルをしている中、
別の1人が
「あ、僕、勝利条件決めましたー。
 では僕の勝ちで終了ですねー」
というのはハッキリと言って全く面白くない。
残りの三人は一体何のためにお互いを牽制しあっていたのか。
何もせずに虎視眈々と自分の勝利条件を決める事だけを見ている人が漁夫の利を得るゲームでは全く面白みはない。
これを残り三人が最初に勝利条件を決めさせないように動かなかったのが悪いと言うのは違うだろう。
そもそも勝利条件というものが4人戦バトルロワイヤルであるEDHに必要ではないという話だ。

次に、
共闘(背景選択を含む)禁止。

これは以前から言っている。
1枚のジェネラルと99枚のデッキ
2枚のジェネラルと98枚のデッキ
これは明らかに土俵が違う上に、
EDHのTier上位はカラーマーカーの共闘ジェネラルだらけだ。
明らかにゲームバランスをおかしくしたものだという事だ。
加えて、
99枚と98枚の1枚のデッキ差は、
当然ながら入っているカード1枚の引く確率が最初の時点で違う。
試行回数が多ければ多いほど98枚のほうが有利に働きやすい。
(デッキの強さは無視して確率の話のみで)
初手も考えてみれば、
ジェネラル1枚:手札7スタート
ジェネラル2枚:手札7スタート
は明らかに有利さが違う。
公平性を欠くものを後付けでWotCが作った失敗作なのだから、
こんなルールは廃止したほうがよい。

この2種を潰したうえで、


死の国からの脱出/Underworld Breach
深淵への覗き込み/Peer into the Abyss
むかつき/Ad Nauseam
無限への突入/Enter the Infinite

といった明らかなコンボパーツ要員を禁止。
(これはあくまで一例)
こういう事をやっておけば、
論争を一定量は避けられるものだ。
もっともそれでも馬鹿はガチカジュ論争を続けるのだろうが、
根本的に間違っている事をガチカジュ論争をやっている人は気付いていない事が多い。
それが次のお話でもあり、前述しているものでもある。

TCGと資本主義

この世は資本主義であり、
TCGという遊びはその資本主義の中で生まれたもの。
スマホゲーと一定量は同じで「時間とお金を突っ込める奴が強い」のである。
1%未満で「才能」で強い人もいるが極稀である。
そして才能で強い人も一定量のカードが無くては戦えない。

TCGというものは、
「自由主義経済(または経済的自由主義または自由資本主義)」である。
これはどういう意味かと言うと、
「経済における意思決定は最大限個人にゆだねるべきであり、
 組織集団によってなされるべきではないとするもの」

という意味だ。
堅苦しくてわかりにくいかもしれないので
あえて簡単な言葉かつカードゲームに言い換えよう。

「カードを買うも売るも好きにすればいい。
 自身の責任の範囲と判断の範囲で。
 それで成功するもしないも勝手にどうぞ。
 全ては自己責任であって、他責にしちゃだめよ。
 強いも弱いも全部自分で決めなさいな。
 それが自由であり資本主義なんだから。
 その中でカード集めて最強を求めるのがこのゲームだよ」

これ以上もこれ以下も無いのだ。
お金、時間、才能そういうものが無い奴ほど吠える。
ただそれだけなのだ。
才能は難しい。
お金と時間はその人の努力次第。
店主のように貧乏のどん底から這い上がる奴など1万人に1人もいない。
愚痴を述べたところで現実は変わらない。
お金と時間を何処に費やすかは個人の自由であり、
その結果失敗するも成功するも個人の責任である。
貴方が現在うまくいっていないと思うのなら、
それはまだ積み重ねが足りないか、
積み重ねたものが間違っているかのどちらかだろう。

EDHの禁止ルールに対する考え

ちなみに店主はこういう思想やこういう禁止にしたほうがいいよ、
とは主張しているものの、
言ってしまうと、
別にWotCがどんな禁止ルールでも好きにすれば?
と思っている。

「ブラケットとかゲームチェンジャーとか知った事じゃねー。
 EDHのルールの範囲で俺を全力で倒しに来やがれ」

「どんな禁止カード設けようと勝手にしてくれて構わねー。
 使えるカードの範囲内で自分の中の最高を目指して走るのみ」

この程度にしか思っていない。
明日、自分のデッキの基本土地以外全てが禁止されようとも眉一つ動かさない。
過去20年でも同様だ。
もちろんコメントは出してきたり記事としてあれこれ書いた事はあるけれども、
個人としては
「禁止されたからってMTGやめるわけでもねえ。
 残ったカードで勝負するだけだろ」

で終わりなのだ。

トレイリアのアカデミー》が解禁されようと《引き裂かれし永劫、エムラクール》が解禁されようと、
喜びも悲しみもしない。
全てをただ受け入れてプレイするだけだ。
言うだけは言うよ。

「シークレットレイアーってクソだな!」
「デモコンタッサってクソだな!」
「共闘ってクソだな!」

と。
でも別にデモコンタッサ決めたい人がいれば好きにすればいいし、
それはルールの範囲内で行われている以上は全て是とされるもの。
明確な基準にすらなっていないブラケットやゲームチェンジャーは、
「法(ルール)」でも「秩序(オーダー)」でもないのだ。

だから馬鹿げているとストレートに言っている。
デモコンタッサをクソだと言ったが、
ブラケットやゲームチェンジャーはクソより下だ。

EDHとは

・1枚のジェネラルと99枚のハイランダーデッキで組め
・カードプールは全てのエキスパンション
・規定された禁止カードがある

ハッキリ言ってしまえばこれだけが法(ルール)だ。
他は必要ない。
全ては自由主義経済のもと、好き勝手にやるのこそ正しい。
ゲームチェンジャーやブラケットで誰かに忖度をするのなら、

ヴィンテージ、レガシー、モダン、スタンダード、
パウパー、オールドスクール、パイオニア、ミドルスクール

それぞれのこの60枚の構築戦でも忖度をするというのだろうか。
皆そんな事はしないし、した過去も無い。
EDHだからするというのもおかしな話なのだ。

プレイングについて

ああ、それともう1つ書き忘れていたなぁ。

ブラケットだとかゲームチェンジャーがどうとか言いだす前に、
プレイング磨いたら?という事のほうが多い。
デッキの強さがあったとしても、
プレイヤーが弱かったら話にならないのだから。
負ける理由をブラケットやゲームチェンジャーのせいに出来るほうが、
精神的には楽かもしれないけどね。
それはすでに敗者の弁だ。
本当に強い人はなんて言うかは簡単だ。

「弘法筆を選ばず」

と言うのだ。
同等の強さのデッキを使って対戦した際に、
明確に強さの差を出す事が出来る人だけが言える事だけどね。

かなり多くのプレイヤーは、
「デッキを使いこなす」
という状態になっておらず、
ほとんどの人が、
「デッキに振り回されている」
状態になっている。

確かにデッキを強くするには高額カードが必要となる事は多いし、
全ての人がその高額カードに手が出るわけではない。
けれども、
「今ある自分のEDHデッキを誰よりも上手に使う」
という試行錯誤が最優先ではないだろうか。

戦場を選ぶ理由や負ける理由を、
他責にするのはおかしい。

ありえない話をするのだけれども、
あくまで思考実験としての話。

「もし、EDHにおいて、
 全ての人に同じカード資産があったら?」

だ。
そうすると一部の人がガチカジュ論争をやめる。
やめないカジュアル側は高確率でプレイングが下手くそで、
自身でそれを認めたくない者になる。
反面、ガチ側は
「全員が同じカードを自由に使えるんじゃ面白くない」
と言ってくる者が出るだろう。
カジュアル側はただの敗者の弁なので無視だが、
ガチ側はさもありなんなのだ。
TCGは全員が同じカード資産である事はありえないからこそ面白い。

資産も経験も実力も知識も技術も、
高レベルでも低レベルでも、
違うからこそ面白い
のである。

この世に平等(equality)と公平(justice)があると思ったら大間違いである。
「平等と公平を全ての人に」
というのは理想論でしかない。
資本主義の社会は平等も公平も無い。

これを読んでいる大半が日本人だと思うが、
考えてみればいい。
平等と公平のために、
全世界の水準レベルのインフラと治安と食糧事情にしたいという人はいないだろう。
いつ銃や地雷で死ぬかわらない治安や、
安心して飲めない水や、
自由に使えない電気、
時間通りに来ない電車、
そんな生活を「平等と公平」だからといって押し付けられて、
「OK!」
と喜んで言える日本人がいたら、
そいつは間違いなく、
偽善を超えた悪人か、
自分だけは贅沢を享受出来る立ち位置にいる悪徳政治家である。
この日本国は政治家と税金がクソなだけで、
お国そのものは決して悪い国ではないのだから、
こんな平等と公平を押し付けられたらたまったものではない。
ゲームチェンジャーやブラケットというものは、
その「平等と公平」を無理やり押し付けられているのと同義だ。

冒頭に書いたが、TCGとは、

与えられた自身だけのカードで最大限の強さを発揮しろ。

というものなのだ。
他人に押し付けられる平等と公平で勝負するゲームではない。

「ゲームチェンジャーX枚入っていますけどいいですか?」

「僕、ブラケット2しか持っていませんけど」

だと?
ふざけるなよ。
なんだよその言い草は。
その言葉の意味合いは、

「ゲームチェンジャーX枚入っているデッキですけれども、
 同じレベルのデッキで勝負して、
 それなりにいいゲームしたいんですけど、
 僕に忖度してください」

「僕、ブラケット2なので、 
 それに合わせたレベルのデッキで僕を楽しませてください」

という意味だろう。
こんな馬鹿げた事があってたまるか。
そんなものを公式が出すな。

ちなみに店主は常に言っている。

「俺の開催するイベントでは、
 ブラケットとレベル帯とゲームチェンジャーの話は禁止だ

俺の卓に座る際は全力で来い。
 それがデモコンタッサだろうが、
 ブリーチコンボだろうが何でも構わん。
 俺を殺しに来い」

と。

ブラケットだとかゲームチェンジャーの話をする時間で、
5回ほどコンボデッキに殺されたほうがマシだ。
ブラケットやゲームチェンジャーの話は一切得るものがないが、
コンボデッキに5回殺されたら経験になるからな。
「次はどうやってコンボデッキを倒すか?」
を考え、行動に移すための経験は無駄にならぬ。

ゲームで倒されりゃ不快なる事もあるよ。
でも不快で止まるじゃないか。
命までは取られないんだ。
なら、次勝ちゃいいんだよ。
次勝つために何するか考えるゲームなんだよ。
何がゲームチェンジャーだ、ブラケットだ。

ゲームチェンジャー・ブラケットの曖昧さ

だいたいな、この曖昧さ酷いんだよ。

「ここでは勝利が至上命題ではなく、
 自分で作った珍しいものを披露する場となる。
 叫ぶ悪役が描かれたアートだけのデッキ?
 4という数字で揃える? それとも「馬単」?
 どれを使ってもフェアなゲームを楽しめる!
 ゲームはゆっくり進み、長引きやすいだろう。

 テーブルの上で繰り広げられるものを楽しむことに集中しよう!

 デッキ構築:ゲームチェンジャー・カードは使用できない。
 意図的な2枚無限コンボや土地全体拒否、追加ターンもなしだ。
 土地を探す以外のサーチカードは少しだけに留めよう。」

この文面でな、

「僕、ファンタジーの世界が大好きなので、
 その異世界感を楽しみたいのでエルフ単にしました」

と言って、


ジェネラル:《養育者、マーウィン/Marwyn, the Nurturer
エルフ40枚
呪文系29枚
森30枚

を持ち込んでみろ。
特殊地形すら無しの森30枚だぞ。
これですら
ゲームチェンジャーもサーチも土地破壊も無しに、
ある程度のデッキを薙ぎ払うだろう。

店主はブラケットの話して対戦なんて嫌だからそもそもやらんけども、
こんな事が起きた場合、もしくは起きる元になっている時点で、
「論争の火種」
にしかなっていない
のである。
いちいち公式が世界中にガソリンを撒かないでもらいたい。
火傷を負うのはお店やユーザーなのだから。

この例でなくとも、実際に対戦してみなければ
自身のデッキと対戦相手のデッキの相対的な強弱などわからないものだ。
それはゲームチェンジャーの枚数やブラケットではなく、
対戦の内容にこそ如実に表れてくる。

新しく組んだデッキを使ってみたら
思ったよりもうまく回らなかったり、
想定していたより強い動きができたりなど
思わぬ発見があるものだ。

デッキへの評価は、公式が言っているような
対戦前のデッキへの理解や、対戦相手との対話ではなく
対戦をはじめた後にできるのだ。

ゲームチェンジャーやブラケットなどを気にする前に、
まずは対戦に臨んでみてほしい。

まとめ

今回の話をまとめると、

EDH害悪ランキングは

1位:運営
2位:曖昧なルール、禁止カード基準
3位:ゲームチェンジャーやブラケットを口にする者
4位:ガチカジュ論争をする者
5位:デモコンタッサ

といったところだ。

あれだけつまんないと言われているデモコンタッサより、
ゲームチェンジャーやガチカジュ論争とはくだらなくてつまらないものだ。

そんな事をいちいち語るより、
その時間で自分の腕を磨き、必要なカードを見極めて、
お金を節約してカードを買ったほうが建設的
だ。
愚痴をこぼす前に手と頭を動かせ、というだけの話だ。

運営はいい加減に馬鹿な事はやめてくれ。
かつてロン・フォスターさんが言った言葉を思い出せ。
(元WotC社員でEDHを世界に広めた立役者の一人と言っていい人)

私達WotCは過去にファンの皆が作り出した遊び方に介入し、
 その多くを潰してしまいました。
 しかしEDHをそのような過去と同じにしたくありません

一応今回のブラケットやゲームチェンジャーは
「ベータテストだ」
とは言っている。
ならテスト期間中に廃止しておくほうがいい。
今の時点でも混乱しかうんでいない。

既に相当な数の混乱と論争が起きている上に、
「EDHのブラケットよくわからないから入れない」
という参入障壁にすらなっているのだから。

良いゲームとは、
シンプルで直感的に楽しめるものである。

この一点から離れていけば行く程、
間違った方向に行きやすい。
WotC社はもっとユーザーの立場になり、
もっと良いゲームやレギュレーションを作る努力をしてほしい。

ユーザーは自分の楽しみを自分から潰さないのが一番。
ガチカジュ論争やブラケットなど気にせず、
自分のスタイルでゲームを楽しもう。
あと、
全力で店主を倒しに来てくれ。
店主は自分以外全員がデモコンタッサだろうがブリーチコンボだろうが、
喜んでお相手する。

ではまた。



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