むかしのおはなし1

2014年最初のこらむは、
Cardshop Serraの出来るまでのB店につとめていた時の事。

自分はB店で働いていた際、
給料をまともにもらえず、
ほとんどタダ働きしていた。
(詳しくはこらむ:Cardshop Serraのできるまで其の弐参照。)
あのほとんどタダ働きの内容を読んだ人から、
「本当にこんな状態で働いていたんですか?」
と言われた事が何度かあるが、
一切の誇張無しで本当にあの状態で働いていた。
自分でも思い返してみると、
なかなかに信じがたい環境で働いていたなと思うが、
紛れも無い事実である。

お店はほとんど資金がなく自転車操業。
売上→維持費を払い、残ったお金で仕入れ→総資産が減る
の繰り返し。
人件費無しでこの状態なのだから、
はっきり言って絶望的だ。

ただ、任された仕事だけの毎日に追われる自分には、
経営としての視点はまだ育っていなかった。
また、月の売上、資金、経費などを詳しくは知らなかった。
そのため、
「この経営状態であれば、普通なら撤退すべき」
という判断は当時には出来なかった。
仮に知っていたとしても、
その時は雇われの身で、
「このお店無理だからやめましょう」
などと言えるわけもなく。
店長が
「○○すればどうにかなる。」
「○○をやろう。」
と希望のある事を言い、
自分がそれをしっかりと吟味せず、
店長の言葉を100%で信じていた事も問題だった。

こんな状況が最初から続いていたのだから、
とにかく無謀そのものだった。
この頃は1パックは定価で約500円と高額だったが、
別に仕入れ値が安いわけでもなし、
海外輸入をするわけでもなしだったので、
利益率も大したことはない。
かと言って、
シングルカードもスタンダードのトップレアで2500円程度。
(都内では3000円超える事もあったようだが。)
なにせ《Black Lotus》が25000円で買えたような時代なのだ。
自分の記憶では、一番安かった《Black Lotus》は、
Unlimited版で、
ぼろぼろで濡れた跡まであったが、
たったの15000円で買えた。
これが10年後には10万円を超えてしまうとは、
誰もが予想しなかったのではないだろうか。
なお、この頃のデュアルランドは1500~3000円。
驚くべき安さであった。

余談ではあるが、
自分はお客様の多くに、
「デュアルランドは何年もしたらとても高くなるだろうから、
 必ず揃えておけば損しない資産になる。」
と説いてまわったが、
それを信じてデュアルランド40枚(10種×4枚)を揃えた人は少なかった。
この当時、この40枚を揃えた人は、
今、捨て値で売ってもプラスに出来るだろう。
また、この頃のシングル価格はデュアルランド以外でも、
Force of Will》:500~1000円
ライオンの瞳のダイアモンド/Lion’s Eye Diamond》:50~200円
不毛の大地/Wasteland》:10~100円
という今からは考えられない程の値段だった。
不毛の大地/Wasteland》にいたっては
「ちょーだい」と言ったら誰かがくれるレベルだった。
この頃は特殊地形の数がそれほど多くなかった事、
不毛の大地》はただのアンコモンだった事の2点から、
高額カードにはならなかった。
ライオンの瞳のダイアモンド/Lion’s Eye Diamond》は説明不要で、
この当時これを使う手段は無かったため。
全く、こうして思い返してみても相場とは恐ろしい。

とにかくシングルの値段は高くなく、
そして種類も少なかった時代。
静岡のような田舎で、
これだけで商売を成り立たせるには難しいものがあった。

とはいえ、
自分を高く評価してくれた店長に、
なんとしても報いたいと思い、
色々な工夫をした。

しかし、資金と家賃(+光熱費)の解決にはいたらず、
困窮する日が続いた。

自分はどうすべきか考え、
Oさんというお客様でもあり、
一緒にマジックをする友人でもある人に相談した。
お客様でもある人に、
こんな事をお願いする事は、
とても問題だと自分でも思ったが、
Oさんに10万円を貸してくれるようお願いした。
Oさんはこれを快く承諾してくれた。
給料も貰えない状態の自分は、
何1つOさんに利のあるお話は出来ないので、
せめてこれを利子代わりにと思い、《Mana Drain》を1枚渡した。

Oさんから10万円を借り、
あとは自分がかき集められる限りのお金を集め、
50万円を用意し、
「このお金を使って現在の窮地を脱して、
 自分に給料を払える状態を作ってください。」
と言い、店長に渡した。

結果的にそれでもお店は潰れた。
この50万円は延命措置にはなっても、
それ以上にもそれ以下にもならなかった。

人件費を後回しにしても、
毎月毎月家賃の支払いに追われ、
たったの50万円では状況の解決にはならなかった。

そして、潰れる前二ヶ月の間、
店長はほとんどお店に出て来なかった。

ある本で読んだお話だが、
ゲームソフトを開発するソフトウェア会社が潰れる寸前、
その会社の社長は
・会社に出てこない。
・人件費の支払いが遅れる。
・社員との連絡が滞る。
の3点が頻繁になるという。
ソフトウェア会社ではなくカードショップだが、
まさにこの状態。

連絡がとれても、
「金策をしている。」
「体調が悪い。」
のどちらかだった。
当時はそれを信じていたが、
今は明らかに嘘っぱちだったのだろうと推測出来る。
結局「金策をした結果」を見る事は一度も無かったのだから。
そして、そもそも「金策」と言っても、
銀行からお金を借りるわけでもないので、
(借りられるとも思わないが。)
この金策とは何の事だったのか非常に疑問が残る。

自分はOさんに約束した。
「お店は潰れても、あのお金は自分の責任で借りたものだから、
 必ず自分が稼いで返します。」
と。
当たり前の話ではあるが。

なお、失業保険はもらえるという話だったのだが、
この店長にしっかりと言いくるめられたおばかなSerraさんは、
失業保険をもらう事も無かった。
が、よくよく考えてみると、
この当時、自分は給料をもらっていないのだから、
そもそも雇用保険に入っていなかったのではないだろうかと思う。
店長は雇用保険等の手続きを一切していなかったので、
自分を言いくるめたのだろう。
お金はどうでもいいとして、
せめて店長には誠実でいて欲しかった。
非常に残念な結果だ。

さて、話を戻そう。

ところが、このお店が潰れてから少しして、
Oさんは仕事で転勤してしまった。
連絡先もわからなくなってしまい、
何年もの時間が経った。
何年経っても自分はこのお金の事を忘れずにいた。

2012年の4月、
本当に偶然、facebookでOさんを見つけた。
すぐに連絡をとり、
メールアドレスを交換し、
自分はこの借りていたお金を返した。
お金を返す事が出来てほっとした。
こうしてOさんを見つけられた事は何よりも嬉しかった。

そして、2013年5月、
Oさんがこちらに来られるという事で、
何年ぶりかの再会が出来た。
マジックの話から当時の仲間の話まで、
多くの昔話が出来た。
この日はOさんがバイクで来ていた事もあり、
お酒を飲むわけには行かなかったが、
次はお酒を飲もうと約束して別れた。

この時の10万円というお金は、
お店にとっては延命措置でしかなかった。
しかし、自分にとってはとても大きなお金だった。
このお金をOさんが貸してくれたからこそ、
沢山の経験が出来た。
自分にとって10万円を超える経験だった。
給料をもらえないお店に勤めた事も、
今は笑って話せるネタになった。
紆余曲折を経て、自分は好きなカードの名前を冠するお店を持った。
MTGが無かったら自分の人生はどうなっていたのかもわからない。
自分はこういった出会いと再会を含めて、
MTGに出会えて良かったと思っている。

Oさん、この文を読んでいるかどうかわかりませんが、
この場を借りて再度お礼を言わせて下さい。
ありがとうございます。

ではまた。



記事作成日:2014/01/09



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